友だち少ない僕の割とおつきあいが長い友だちが、
「混血」というワードを与えてくれたのがいまだに残っている。
それは三ヶ月くらい前の話なのだけれど、
近況の話をしていて
確か、彼がある友人に会いにいく動機として「混血しないと…と思っている」と言っていた気がする。
この場合の混血は文化、思想の交流や、コミュニケーション、刺激を与え会うということ、なのだけれど、
それを、「混血」と言い表してくれたのが、とても嬉しかった。
「そうそう!混血だ!」ととても腑に落ちたのだけれど、
血という概念が割と自分の中で好きで、
血が滾るとか、
血が巡るとか、
血が出るとか(笑)
…血で踊るとか。
割とロックな要素として自分の中にあるんだろうなぁ。
今日は地方創生会議の本番で、色んな人をあったのだが、
自分の血を守ろうとしたり、
リスク(自分の中にない異物)を取り入れることを辞めたりだとか、
はしだすとやはり僕はわくわくせんな。
という結論に至った。
混血はきっと多様性で、
自分の拡張なのだと思う。
自分を自分と分かりながら、
自分の世界で流動させるのも素晴らしいし、逆に俺はこのフィールドがコンパクト小さすぎると(多分)混乱してしまう。
家入一真さんに一瞬あったのですが、
混血具合、、多様具合がすごいなー、けど綺麗にまとまっているというのがすごく憧れだな…と思った。
俺は、俺かどうか若干あやしいけど、、くらいの方がバグっぽくて楽しいなと思う。
バグとか、不確定要素を自分とする豊かさと、経済力を得れるマネージメント…コントロール能力がほしいな、、
やはりまだまだ人に会いたい!というのが結論で、その先に自分が治められるフィールドみたいなのが広がってるのかもしれない。
0コメント