このまえ
親が「ぼくに興味はあるが(気がかりではあるが)理解する気はない」ということに気がついてしまった。
日々の些細なすれ違いや、
ぼくの性質について
理解を求めてみたりだとか、
話せばどこかで理解できるのではと希望を持っていたのだが、
彼等は、残念なことにこちら側、
対岸に来るつもりはないのだとわかってしまった。
割とクールでドライな考え方をする
ぼくだが
がーん。と結構ショックだった。
決して
大事に思っていないわけではない。
だがあくまでも対岸の様子を
伺ったり、
ライトを点滅させて
信号を送りあうのみで
船を出してこちら側には
こようとしないのである。
この事に気がついたのは
ちょっとした違和感が
きっかけだった。
普通人間関係では、
お互いのことが理解できたり、
わかったりすると良かれ悪かれ関係性が変化する。
この変化をおこす為の工夫を
そんなに気にかけてくれるのであれば、
ぼくと親との間につくってみようと
思ったので、
あれやこれや、自分のくせや、
好き嫌い
自分らしさを発して
コミュニケーションをとってみる。
自分の身の回りで起きたこととか、
些細なことを含めて
仕事から帰宅してからコミュニケーションをとるのだが、
ある時からいっこうに
距離が縮まらなくなった。
本来であれば、何かしら動きが始まっていいほどの情報量が、あちらにはあるはずなのに
変化はなかった。
それどころか、言葉が通じなくなっていったのである。
「ご飯は○○を食べるからいい」と答えているのに
これが聞こえないらしく
「□□はいる?」と聞いてくるのだ。
自分はいらないと意思表示をしているのに
伝わらない。
Aという予定といっているのに
それを無視して、ぼくとかみ合わないような行動をとったりする。
中でも
興味深かったのは
ぐっすりと寝ていた朝に、
部屋をノックして
たいした用でもないのに起こされた。
(なんだそんなことか)と思って寝ようとした途端
「カーテンがなくて光が眩しくて寝れないでしょう!」と食い気味に言って来るのだった。
以前つけていたカーテンが微妙だったので、取り外し、その時も
カーテンがなくて
眩しくないかというやりとりはしていた。
そこで「現状とりあえずこれでよし」と伝えたつもりだったのだが、
伝わってなかったのだろう。
それにしても、
「カーテンがないことよりも、
まぶしさよりも、貴方の存在が
私の眠りを妨げているではないか。」と 口にだしてしまいそうになった。
言葉にしなかったのだが、
この経験が
「興味はあるけど理解するつもりはない」という姿勢に気づくきっかけだった。
言葉にすると不思議な状態なのだが、
わりと多くの家庭でこんなことは起こっていることではないかと思う。
我が家は、私以外の兄弟は品行方正で、
30代になる前に、美人やスタイルのいい女性と結婚している。
ネグレクトや虐待もないし、不登校でもなかった。
いわゆる普通の家庭だ。
それでも、
親族の間で、こんな関係性があるのであれば
もう大変な所は大変なんだろうなと思う。
ただ、冷静になってみると
これが普通なのだと思う。
僕は興味があればわかりたいと思ってしまうタイプなのだが、
どうもそういう「興味=知識欲」みたいなのに直結しない人もいるらしい。
いや、しかし、
ちょっとそれはへこんだな、という話だ。
でも、それだけ僕が
人間にイメージしていた
人間関係が大きすぎた。
ハードルが高すぎた。
というだけの話なのだろう。
0コメント